弟橘比売命(オトタチバナヒメ)とは?吾妻の由来となった女神の神話とご利益を解説

  • 2月 24, 2021
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  • 神様

弟橘比売命(オトタチバナヒメノミコト)はヤマトタケルの妻とされる女神です。夫の東征を成功させるために身を捧げ、荒れる海を鎮めたとされる、神話の中でも悲しい物語のヒロインとされています。そんな弟橘比売命の神話やご利益、祀られている神社を紹介していきます。

オトタチバナヒメはヤマトタケルの東征に従い、相模の国で荒れる海神を鎮めるために、みずからの身を投げ出しました。
命を懸けて夫を救い、今も夫婦で祀られていることが多いことから、恋愛や縁結びの神としても信仰を集めています。

弟橘比売命とは?

弟橘比売命は、神武天皇以前より大和の国に根付いていた穂積氏一族の忍山宿禰(タケオシヤマタリネ)の娘と、日本書紀には記されています。
后になった話はほぼ残っていませんが、日本武尊の后で稚武彦王をはじめ九男をもうけたといわれることから、仲睦まじい姿が浮かびます。
ただその愛の深さを伝えるのは、悲劇の東征の物語です。
このときの日本武尊の悲しみの嘆きは、今も地名としてなごりを残しています。

東征のために、自らを犠牲にした妻(オトタチバナヒメ)に対して、ヤマトタケルが「吾妻(我が妻よ…)」と嘆いたことが吾妻という地名の由来です

荒れた海の悲劇は浦賀水道から上総でおきましたが、日本武尊が弟橘比売命の死を「吾妻(我が妻よ…)」と嘆いた故事から、東国を「吾嬬(アヅマ)もしくは阿豆麻(アズマ)」と呼ぶようになったそうです。
また千葉県袖ケ浦は、弟橘比売命の着物が流れ着いたことが地名の由来とされています。現在でも千葉を中心に吾妻神社が多く点在するのは、日本武尊の悲しみがいかに深かったかを表しているようです。

吾妻、木更津、袖ヶ浦など、オトタチバナヒメとヤマトタケルの物語が由来となっている地名は多いのです

弟橘比売命の名前の由来

橘は冬でも実をつける生命力の強い花です。
荒海の神を鎮めるほどの生命力をもった、弟橘比売命を表すにふさわしい植物だったのでしょう。
また橘は聖樹とされることから、荒海を鎮めた巫女の意味として用いられているようです。

弟橘比売命の別称

弟橘比売命は古事記での呼び名で、日本書紀では

  • 弟橘媛(オトタチバナヒメ)

とされています。
また、橘媛として記されていることもあるようです。

弟橘比売命の物語

それでは、日本武尊とともに残る弟橘比売命の神話を解説していきましょう!

神話の登場する神や人というと架空だと思われがちですが、日本武尊と弟橘比売命の物語をもとにした地名や神社が道筋に残っていることに気づきます。
今も名前として残っていることに、日本最古のラブストーリーの主人公2人が神話の中だけでなく現実にいたのでは?…と、思わざるを得ません。
そう思わせる逸話の中から代表的なものを紹介していきます。

弟橘比売命を火中から救った日本武尊

日本武尊と弟橘比売命の夫婦は、東征の途中相模の国(古事記・日本書紀では駿河の国)へ入ります。
ここで地元の豪族に、草原の神を従わせたいので手伝ってほしいと頼まれます。
しかし、それは罠だったのです。
案内された野原に着くと、火をつけられてしまいます。
炎に囲まれる中、日本武尊は弟橘比売命をかばいつつ、叔母の倭姫命(ヤマトヒメノミコト)から託された神剣天叢雲(アメノムラクモ)で周りの草をなぎ倒し、火打石で向かい火を焚いて難を逃れ、騙した豪族を成敗するのです。


この時効果を発揮したことから、天叢雲は草薙剣と呼ばれるようになり、今も皇室に伝わる三種の神器として大切にされています。
また草薙伝説の地は焼遣(やきづ)、現在の焼津の土地名の由来になったと伝わっています。

草薙剣は、神武天皇を助けた「フツノミタマ」カグツチの首を刎ねた「トツカノツルギ」と並び、神代三剣に数えられます。


この逸話では弟橘比売命や自分の家臣を守るための行動として、日本武尊は当然のことをしたまでです。
ただ、このとき窮地を救われたことが、弟橘比売命の心に強く残ります。
そしてそれが、悲哀の物語につながっていくのです。

荒れ狂う海神を鎮めた弟橘比売命

難を逃れた日本武尊と弟橘比売命一行は、相模の国から上総へ渡るために送水海(現在の浦賀水道)に至ります。
ここで、日本武尊は「こんな小さな海は飛び上がってでも渡れる」と言い放ってしまいます。
それが海の神の怒りを買い、突如暴風が吹き荒れ船は岸につけなくなってしまうのです。
そのとき、日本武尊の東征の成功を願い、海神の怒りを鎮めるため弟橘比売命は絹の敷物の上に乗り海へと入っていきます。

さねさし 相武の小野に 燃ゆる火の 火中に立ちて 問ひし君はも

海に飲まれる際、弟橘比売命が歌ったというこの和歌の意味は、
「相武の野が燃える火中で、私の身を案じて名を呼び続け、気遣ってくれたあなた」
という、夫である日本武尊への感謝を込めたものだったのです。
この弟橘比売命の想いが通じたのか、海は鎮まり船は無事に渡ることができたといいます。

無事に船でたどり着いた日本武尊ですが、妻を亡くした悲しみで海岸をさまよい歩いたそうです。
その日本武尊の想い「君不去(きみさらず」が、木更津の地名の由来といわれています。
さまよう日本武尊が7日後に海岸で見つけたのが、弟橘比売命の櫛です。
それを手に取った日本武尊は御陵を作り治めると心を立て直し進軍し、弟橘比売命の願い通りに山河の神々を平定したのです。

海へ身を捧げた弟橘比売命の物語の方が有名になっていますが、草薙伝説と対にすることでラブストーリーは完結します。
命を懸けて火の中から救ってくれた日本武尊の想いに、弟橘比売命も自らの身を挺することで応えた愛の神話は、2人の絆の物語だといえるのです。

弟橘比売命のご利益

弟橘比売命の神格は、海を鎮めた神話から海神の巫女となっています。
ご利益は、以下の通りです。

  • 海上安全
  • 出世開運
  • 縁結び
  • 献身

弟橘比売命と日本武尊の神話は、純粋な愛の物語です。
恋人や夫婦で訪れることをおすすめします。

弟橘比売命を祀る神社

弟橘比売命を祀る神社は関東を中心に広がっています。
海を鎮めた伝説が、相模の国もしくは駿河の国といわれていることもありますが、弟橘比売命の死後、東征を続けた日本武尊の進軍したと伝わる場所にもご祭神として祀る神社が多く見られます。
その中から、代表的な3つの神社を紹介していきましょう。

橘樹(たちばな)神社

主祭神を弟橘比売命、相殿神を日本武尊、忍山宿禰を祀っているのが、千葉県茂原市にある橘樹神社です。
日本武尊が、自分の身代わりとなった弟橘比売命の櫛を納めて、橘の木を2株植えたとされる神社です。
社殿裏には、日本武尊が築いたと伝わる弟橘比売命の御陵となっています。

所在地千葉県茂原市本納738
電話番号0475-34-2400

吾妻神社

https://twitter.com/koyumi_s16/status/1357954486497542146

神奈川県の二宮町吾妻山公園にある吾妻神社も、主祭神が弟橘比売命です。
橘樹神社と同様に弟橘比売命の櫛、もしくは磯部に流れ着いた小袖と伝わる故事により、この辺り一帯を埋沢(梅沢)と呼ぶようになったといいます。

所在地神奈川県中郡二宮町山西1117
電話番号0463-73-1208

走水(はしりみず)神社

弟橘比売命と日本武尊の夫婦をご祭神としているのが、走水神社です。
東征の際の御所を建てた場所とされ、夫妻が大切に扱われたことから、日本武尊は自らの冠を村人に与えたと伝わります。
その冠を石櫃(いしびつ)に入れ土中に埋めた上に建てられた社殿が、走水神社の始まりです。
名称の由来は、弟橘比売命が身を投げて静まった海を、日本武尊一行の軍船が水の上を走るように渡ったことからついたといわれています。

所在地神奈川県横須賀市走水2-12-5
電話番号046-844-4122

弟橘比売命のスピリチュアルメッセージ

ここまで読んでいただきありがとうございました!
この記事が弟橘比売命を理解するお役に少しでも立てば幸いです!

最後に弟橘比売命からのスピリチュアルメッセージをお届けします。

身を尽くし、誰かの役にたてた時
あなたの中の神が喜びます
愛と感謝の心で生きれば
あなただけのお役目が必ず見つかりますよ

最後までお読みいただきありがとうございました!

感謝

       
       
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