水子供養はいつまでにやるべきか
水子供養をいつまでにしなければならないかにも決められたものはありません。
「早く供養しないと祟りがある」「いつまでも放っておくなんて不謹慎だ」というサイトがありますが、それは親の罪悪感につけ込んでいる、心無い仕打ちです。そのまま高額な仏壇やお祓いを勧める可能性もあります。
ご自分の身体に宿った命が天に召されるということは、言葉で表せないほどの喪失感、悲しみ、罪悪感などが生じると思います。身も心も落ち込んだ状態のときに焦って供養をしても、お子さんも浮かばれませんし、ご自身も心の整理がいつまでもつきません。
ご自身の体調が落ち着いたタイミングで供養をするのがベストです。
供養の方法に決まりはあるか
供養の方法にはっきりとした決まりはありません。自分に合った方法とタイミングで大丈夫です。
<水子供養の例>
・寺院の参拝
・写経をうつす
・道端でお地蔵さんにあった際に感謝を述べる
・花や樹を育てる
・想い出の品を飾る etc.
といったように、日常の中で無理なくできる範囲で供養をすればお子さんも喜びます。
赤ちゃんはあなたを恨んでいるのか
生まれることができなかった赤ちゃんは、あなたを恨んではいません。
もし流産で赤ちゃんを生むことができなかった場合、あなたの意志と関係なく天に召されたことになります。死産の場合も、あなたの意志とは関係なく、一度この世に誕生したことに感謝しているでしょう。
人工妊娠中絶の場合は、さまざまな状況があるかと思いますが、赤ちゃんは命の宿り先としてあなたを選んだので恨む気持ちは持っていません。
いずれの場合も、一度命の花を咲かせてくれたあなたに赤ちゃんは感謝の念を持っています。もし自責の念が拭えないならば、「ごめんね」と声かけをしましょう。謝る回数は1回きりで、あとは「母」にしてくれた感謝の気持ちを伝えることが大切です。
水子にお葬式も埋葬もないのは、赤ちゃんの魂が清くて綺麗だからです。煩悩にまみれていないため、この世で送り出す儀式は必要がありません。くもりなく真っさらな魂は、お地蔵さんがしっかり天国まで導いてくださいます。
そんな純粋な赤ちゃんの魂には「恨む」という概念はありません。
水子供養を行うことの本当の意味
水子供養は、子どもへの愛情と感謝をつたえる供養です。そして同時に、親の気持ちの区切りをつけるためのものです。
赤ちゃんを亡くしてしまったことで心身ともに大きなダメージを受け、明確な供養の儀式がないことに不安や焦りが募って心にしこりが残った状態でしょう。また、恋人や夫といった男性にも気持ちが共有しづらく、友人にも気軽に話せるテーマではありません。
しかし、「いつまでに・いつまで」供養するかに決まりがないということは、あなた自身の愛情に不変がないことを示しています。心身が落ち着いたタイミングで供養をし、赤ちゃんに「今こうして過ごしている」と伝えるとこれまでの混沌とした気持ちに区切りがつきます。
区切りがつくこと自体が、赤ちゃんにとっては嬉しい段階です。自分を想っていつまでも立ち直れない親の姿を見るのは、悲しくて天国でゆっくり過ごすどころではありません。供養によって区切りをつけ、前に進む親の姿勢こそが赤ちゃんの望む姿です。
水子供養はいつまですれば良い?まとめ
水子供養には「いつまで供養するか」「いつから供養するか」という決まりはなく、どちらも供養する親の心身の気持ちや環境が落ち着いてからで大丈夫です。
赤ちゃんが天に召されることは、つらく悲しいことです。そのつらさや悲しみが完全になくなるということはないでしょうが、水子供養を機にそのつらさを乗り越えて前向きに生きることが本当の供養になります。その際には、「忘れていないよ」という気持ちを、愛情と感謝とともに赤ちゃんに伝えましょう。執着やこだわりを持つのではなく、ふとした折に「元気かな?」と思うぐらいの温度感でいることが大事です。
執着とは、その子のことに捉われすぎるあまりに日常生活に差支えが出てしまうほど心身のエネルギーを消費することです。
忘れないでいることとは、その子への想いや思い出を大切にしつつしっかりと歩んでいく姿勢といえます。
親が笑顔でいることで、天国にいる赤ちゃんも微笑んで穏やかに過ごせますよ。


