はるか神代の昔、
高天原より天孫が地上へ降り立つとき、
山の神・オオヤマツミは、二人の娘を差し出した。
一人は、
春の花のように美しく、はかなき輝きをまとう
コノハナサクヤヒメ。
もう一人は、
岩のように動かず、時を刻む
イワナガヒメ。
天孫は、花の姫を選び、
巌の姫を退けた。
「美しからず」
その一言で。
イワナガヒメは、何も言わなかった。
泣きもせず、怒りもせず、
ただ静かに山へと戻った。
しかしその胸には、
人の世の未来を見通す、深い悲しみがあった。
もし両方の姫が受け入れられていれば、
人の命は、
花のように美しく、
岩のように永くあっただろう。
だが花のみを選んだことで、
人の命は咲いては散る、
うつろいやすきものとなった。
それでもイワナガヒメは、
人を恨まなかった。
拒まれた身でありながら、
彼女はなお、祈った。
「ならば私は、
人の目に映らぬところで
命を支えましょう」
山の奥深く、
岩の下、
大地の根に宿り、
崩れぬ力、
耐え続ける力、
時を越える力を
そっと人の世へ流し続けた。
人が知らぬ間に、
家が長く保たれるのも、
一族が続くのも、
心が折れずに立ち直るのも、
それは、
イワナガヒメの力。
目立たず、
語られず、
讃えられることも少ないが、
世界が続くために
決して欠かせぬ神。
花は散る。
だが、岩は残る。
イワナガヒメは今日も、
静かにそこに在り続ける。
人の祈りが
一時の願いではなく、
永き幸せへと根を張るように。
「見えぬ礎こそ、まことの守り」
そう告げながら――。



