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日神鏡(ひのかみかがみ)

― 三種の神器・八咫鏡に宿る、天照大御神の物語 ―

太古の昔。
天と地がまだ近く、人の祈りがそのまま神に届いていた時代。

天照大御神(あまてらすおおみかみ)は、
高天原より世界を照らし、
命の巡りと秩序を司っていた。

しかし、人の世に争いと迷いが増え、
心に「穢れ(けがれ)」が積もり始めたとき、
天照大御神は深く憂い、ついに――
天の岩戸にお隠れになった。

光を失った世界は、冷え、淀み、道を見失う。

神々は集い、思案を重ねた。
力で引き出すことはできない。
命令では、光は戻らない。

そこで生まれたのが、
一枚の鏡であった。

それは、
姿を映すための鏡ではない。
神の威光を誇るための器でもない。

見る者の心を、そのまま映す鏡。

その鏡こそ――
のちに三種の神器の一つとなる
八咫鏡(やたのかがみ)である。

神々は岩戸の前に鏡を掲げ、
歌い、舞い、祝詞を奏上した。

天照大御神
天照大御神
天照大御神

その響きは、懇願でも、命令でもない。
ただ「思い出してほしい」という祈りだった。

岩戸の奥で、天照大御神は
その鏡に映る光を見た。

それは、
ご自身の姿ではなかった。
他の神々の誇りでもなかった。

世界を照らしたいと願う、
純粋な想いそのもの
だった。

天照大御神は、静かに岩戸を開かれた。

光は「戻った」のではない。
鏡を通して、思い出されたのだ。

その後、天照大御神は八咫鏡を託された。

「この鏡を、我が御魂(みたま)と思え」
「鏡を拝するとは、我を拝すること」
「我を拝するとは、己の心を正しく見ること」

八咫鏡は、
権力の象徴ではない。
奇跡を起こす道具でもない。

己を映し、己を正し、
本来の光に立ち返るための“神具
”である。

それゆえ、
鏡は今も語らぬ。
答えを与えぬ。
導きすら、押し付けぬ。

ただ、静かに映す。

迷いも、恐れも、願いも、光も――
すべてを。

そして人は、祈りの中で気づく。

我が願い 風に乗せ
鏡のごとく 映したまえ

光は、外にない。
神は、遠くにいない。

日神鏡は、
今も人の内側で、静かに輝いている。

日神鏡(ひのかみかがみ)
天照大御神

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