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八幡神とは?神仏習合の代表である信仰の3つの謎に迫る!

目次

謎3 八幡神の入京

もうひとつの謎は「八幡神」の入京です。
九州の宇佐にいた八幡神が、なぜ奈良や京都へ入ってくることになったのでしょうか?

749年、上皇となっていた聖武天皇は、娘の孝謙天皇や妃の光明皇太后と共に、僧侶5,000人が読経で迎えたのが『八幡神入京』という大イベントです。

聖武天皇は、多くの人々の寄進や労力の末に造られた大仏像を披露するための「仕掛け」として、どうしても必要だったのが「古来の日本の神」による祝福のセレモニーでした。それも都から遠く九州から神輿で来られるストーリーは、素晴らしい演出効果でした。

なぜ、八幡神の入京が必要だったのか?それも華々しい演出で?

聖武天皇は、国家予算をつぎ込んで大仏に命を賭けた天皇です。
大仏こそ、日本の国土を平穏無事にしてくれる守り神と信じていました。

ただ、そこには、行基という民衆に圧倒的な人気の僧侶の献身的な姿があります。

一木一草でもいいから、手伝おう!そう言う行基に人々は付いて行きました。残念ながら、彼は大仏完成目前で亡くなります。

聖武天皇は行基亡き後のセレモニーの主役に、大仏完成のお祝いに駆けつける伝説の武神、八幡神に目を付けます。八幡神は、朝鮮征討や隼人征伐などの輝かしい武神。

日本の守り神が大仏を祝福する…それもわざわざ九州から、という趣向は、民衆の度肝を抜いたのは間違いありません。

八幡神は朝鮮半島からの移民阻止に利用された?

もうひとつの謎は「八幡神」の入京です。
九州の宇佐にいた八幡神が、なぜ奈良や京都へ入ってくることになったのでしょうか?

749年、上皇となっていた聖武天皇は、娘の孝謙天皇や妃の光明皇太后と共に、僧侶5,000人が読経で迎えたのが『八幡神入京』という大イベントです。

八幡神は朝鮮半島からの移民阻止に利用された? 遣唐使船

さて、八幡神の歴史や入京などをご紹介した後に、面白い逸話を付け加えましょう。

奈良時代以降、700年代中〜800年代初め、朝鮮では飢饉や疫病がたびたび襲い、その度に日本に移民が流れ着きます。

とくに、平安時代には災害が続き、その数は増加。

日本では朝鮮からの移民がたびたび反乱を起こすため、武神である八幡神の力(朝鮮征討の史実)を借りて移民流入を阻止、国の安定が喫緊の課題となります。八幡神はここでも大活躍したのです。

八幡神・八幡信仰 まとめ

宇佐という地方の神社から始まった、八幡信仰。その歴史は壮大な国家神化していく八幡神のストーリーです。

ルーツは渡来神の可能性さえある、八幡神。それが神仏習合の立役者となり、国家神となる話は唯一無二と言えるでしょう。

神功皇后の朝鮮征討と応神天皇の国内平定…八幡神は日本を治める天皇と朝廷にとって欠かせない存在になりました。

とくに戦いに挑む武将は、八幡大菩薩を深く信仰。一般民衆にも神功皇后の女性像に親しみを感じてきた歴史があります。

八幡神と八幡信仰。日本人にとってこれからも変わらない頼りになる存在、それが八幡神の力と言えるでしょう。

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