ダスカロスとは誰?
スティリアノス・アテシュリス、通称『ダスカロス』。この名前を知っている人は、日本ではあまりいないかもしれませんが、スピリチュアリズムについて学んでいる人たちの間では『奇跡のヒーラー』として知られています。
ダスカロスはギリシャ語で『先生』という意味があります。
世間の注目の的にならない様にと常に細心の注意を払っていたスティリアノス・アテシュリス氏は、自分の事は語らず、周囲の人にはただ『ダスカロス(先生)』と呼ばれる事を望みました。そして亡くなるまで庶民的でいる事を貫いたのです。
霊性の教師として生きた姿は、人々に愛と勇気を与えていました。そして学びと気づきをもたらし大勢の人を救ったのです。そんなダスカロスについて解説していきましょう。
ポイント
- ダスカロスとは通称で、ギリシャ語の『先生』という意味。スティリアノス・アテシュリス氏は庶民的でいる事を望み貫くため、自分の素性を語らず、ダスカロスと呼ばれた。
ダスカロスの生涯
ダスカロスの生涯
ダスカロスは1912年キプロス共和国(地中海の島国)に生まれます。幼少の頃から見えない存在とコミュニケーションが出来たと言われています。過去世をすべて覚えていたダスカロスはギリシャ語・トルコ語・ラテン語・ロシア語・英語・フランス語・イタリア語・サンスクリット語・アラム語・そのほか象形文字など数多くの言語を理解し使いました。
キリストが生きていた時代、最年少の弟子だった過去世のダスカロスは生涯を通じて、ヨハナン(福音書の著者であるヨハネ)が霊的なガイドとしてついていたそうです。
スティリアノス・アテシュリス氏として亡くなるまではキプロスの首都ニコシアの近くにあるストロヴォロスで暮らし、癒しを求めに来る大勢の人々にヒーリング(身体の不調があるところに手をかざしてエネルギーを調整する)、自宅の一部で人生の真理についてレッスンするサークルが開かれていたそうです。
ダスカロスは、ヒーリングやサークルなどでお金をとる事などは一切なく無償の愛を貫き、生涯人々に癒しと学びを与え続けました。(スティリアノス・アテシュリス氏は成人してからキプロス政府の印刷局に勤務している)
ポイント
- 生涯大勢の人に無償でヒーリングを施し人生の真理を教えて導いていた
ダスカロスの逸話・名言
ダスカロスについて耳を疑うような逸話が沢山あります。その一部をご紹介しましょう。
ダスカロスの逸話① 7歳の時に大人を相手取り、彼が学んだ事をシェア
彼が7歳の時、自分の学校の先生たちを相手に、真理についての教えをシェアし始めたそうです。
日本の一般的な7歳は小学校に入り、やっと自分の意思表示が出来るようになったばかりで会話も、時系列がバラバラだったり、主語が抜けていたり、稚拙さが残るものです。大人相手に真理について教えるとは、驚異的な事ですね。
ダスカロスの逸話② ダスカロスは過去世の記憶が全てある
ダスカロスは過去世全ての記憶があると言われています。過去世で学んだ事をすべて覚えているため、語学や芸術に関する知識は広く深く、神学博士、哲学博士、そのほかの学位も取得しています。
20国語以上を話せるという方も世界にはいますが、20ヵ国語全てを母国語のように、スラスラ話せる訳では無いそうで「言葉をしゃべるだけなら簡単だが、真意を理解するのは簡単ではない」と話しています。
ですがダスカロスは全ての言葉を使いこなせていた様で、象形文字のようなものまで理解できていたそうです。この逸話も過去世を覚えていたからこそ出来る事なのかもしれませんね。
ダスカロスの逸話③ 物理的法則を超えた感覚があった
彼は目の手術を受けて包帯をしたまま(目が完全に隠れている状態)で絵を書いていたそうです。彼は肉体の目を使わなくとも別の目で見る事ができた様でした。ダスカロスは物理的法則を超えた視覚があったのです。
あまりにも不思議で信じがたいエピソードばかり。本当なのか?と疑いたくなります。しかし、これらの逸話は実際に人々の目の前で起こった事で、ダスカロスは人々を目の前にして常に行動で証明したのです。
そんなダスカロスが残した名言を次の章で紹介したいと思います。
ダスカロスの名言① 霊的な成長に最も害をもたらすのは急ぐことです。
ダスカロスは常に『ゆっくり進みなさい。』と教えていたそうです。