ククルカンの降臨とは?
ククルカンが降臨した
“ククルカンの神殿”ことチチェン・イッツァ
ユカタン半島の北東部にあるチチェン・イッツァはマヤの戦略拠点として9~11世紀の約200年間、メソアメリカの一大交易中心地として繁栄しました。11~13世紀にはトルテカ文明の影響が色濃くなり双方の文化が融合します。たとえば、ククルカンの石像や戦士の像、人身御供の儀式を行うチャクモールなどが建造されました。
ククルカンの神殿
別名「ククルカンのピラミッド」(エル・カスティヨ)は1年に2回、ククルカンが出現するように設計されたピラミッドです。34メートルに及ぶ大蛇が空から降臨するスペクタクルは見る者に強い宗教的体験を与えたはずです。これは単なる見世物ではなく、王と貴族、都市住民をつなげる政治的装置でした。
高さ24メートル、55.3メートル四方のピラミッドは9段の階層、4面に91段ずつの急な階段と最上段に高さ6メートルの神殿を備えます。階段は最上段を4面の合計と足すと365段となる上に、マヤの農耕用の1年(18カ月5日)と1面の階層を合計した18段が等しい点、基壇の四角いくぼみの52枚はマヤ暦1世紀52年と重なる点も「暦のピラミッド」の名に適したものです。
北面の階段に目を向けると最下段にはククルカンの2つの頭部が並び、真北15度の傾斜と春分と秋分の日の午後、真西の夕陽と影のコントラストで蛇が胴体をくねらせた「ククルカンの降臨」が出現する仕掛けです。これは1か月後の雨期の告知ともなるため、農耕の神、豊穣の神ククルカンが農作業の合図を送ってくれるという効果もあります。
聖なるセノーテに巡礼
聖なるセノーテは岩盤の石灰岩が陥没し、地下水が広大な円形に露出した天然の井戸水です。8世紀、雨と嵐と稲妻の神チャークに捧げる宗教儀礼を行って以来、マヤ最大の巡礼地として16世紀までにぎわいます。
ポイント
- 「ククルカン・ピラミッド」は1年に2回ククルカンが出現する装置でした。
- 聖なる泉セノーテは人気の巡礼地でした。
ククルカンのまとめ
ククルカン(ケツァルコアトル)は農耕神、文化神、風の神などの神格で人々に信仰されました。その信仰はメソアメリカに広く普及し、呼び名も地域によって異なりました。各地には羽毛をもつ蛇の彫像や石像が信仰の証として遺されています。


