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数珠丸恒次とは?天下五剣の一つとされる名刀について逸話・由来を含め解説!

鎌倉時代
青江恒次の手によって製作され、波木井実長に渡る

(文永11年・1274年)
日蓮に渡る

戦国時代(天正10年・1582年)
織田信長より武田家臣総攻撃を受けるが、寸前で久遠寺辺りの土地を治めていた穴山梅雪が武田家を裏切り織田信長に寝返ったため、攻撃される事無く戦火を免れる

江戸時代
本阿弥光甫の手によって拵が作成される
享保名物書に名刀として記されている

この頃、数珠丸が紛失し所在不明になった説や紀州徳川家(和歌山県)に渡ったという説がある

大正時代(1920年)
数珠丸常次が競売に掛けられているところを杉原祥造氏(刀剣研究家兼収集家)によって発見される

身延山久遠寺に返却しようとするが返却できず、杉原氏自宅近くの本興寺に寄進

昭和25年
重要文化財に指定される

まとめ

日蓮が刀に数珠を巻き付けた行動から「数珠丸恒次」という名がついたとは驚きの史実ですが、そもそも日本刀には神の力や精神的エネルギーが宿っているものとして扱われてきました。戦乱の時代においては、刀に神仏の名や真言が彫って士気を高めていたとされますし、三種の神器の一つ・草薙剣も武力を象徴する刀として祀られています。

この記事をきっかけに、様々な刀の逸話に触れてみるのも一興ですよ。

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天照大御神

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