久しぶりに、故郷・島根県の石見銀山を訪れた。
観光地として名を知られるようになった今でも、路地に一歩入ると、時間は昔のまま静かに流れている。
石州瓦の屋根が連なる街並み。
古い家々の軒先には、丸い睡蓮鉢が置かれ、その中で小さなメダカたちがゆったりと泳いでいる。
子どもの頃、理由もなく立ち止まって眺めていた光景が、今も変わらずそこにあった。
歩みを進めると、町のざわめきは次第に遠のき、森へと続く小道に入る。
木々の間を抜ける風はひんやりとして、どこか懐かしい匂いを運んでくる。
深呼吸すると、胸の奥に溜まっていたものが、少しずつほどけていくのがわかった。
ふと足元に目をやると、
苔むした地面のすみで、白い花が静かに咲いていた。
ドクダミの花。
派手でも、誇らしげでもない。
ただ、白く、慎ましく、そこに在る花。
人に嫌われることも多いその香りが、この場所では不思議と優しく感じられた。
——ああ、これだ。
言葉にできない懐かしさが胸に込み上げる。
子どもの頃、祖母の庭で見たこと。
雨上がりの森で、靴を濡らしながら歩いたこと。
失くしたと思っていた記憶が、花のそばでそっと息を吹き返す。
森の中は静かだった。
けれど、耳を澄ますと、
風の音、葉の擦れる音、遠くの水のせせらぎが、
まるで一つの旋律のように重なって聞こえてくる。
その瞬間、
ギターの音が、心の奥で鳴り始めた。
ジャズとも、小唄ともつかない、やさしい音色。
ドクダミの花が教えてくれた、
「目立たなくても、確かにそこにある美しさ」を、そのまま音にしたような旋律だった。
白い花は何も語らない。
ただ、今日も森の中で静かに咲いている。
ありがとう。
そう心の中で呟くと、
風が少しだけ強く吹き、花びらがかすかに揺れた。
島根の森でふと出会った、白く静かに咲くドクダミの花。
その佇まいは、今も、そしてこれからも、
彼女の音楽の中で、そっと咲き続けるのだった。



