夜と朝の境目、
まだ太陽が山の稜線に触れる前の刻。
霧をまとった滝が、静かに音を立てて流れている。
人の気配はなく、
ただ水と風と、深い森の息づかいだけがそこにある。
その滝は、いつしか「黎明の滝」と呼ばれるようになった。
岩に膝をつき、目を閉じて祝詞を唱えると、
胸の奥に、微かな震えが生まれる。
それは恐れではなく、懐かしさにも似た感覚。
やがて、水音の向こうから
大きな存在が近づいてくる気配がする。
天と地を結ぶ水脈を渡り、
龍は姿なきまま、確かにそこにいる。
清流の中に光が宿り、
祝詞の一言一言が、胸の内で脈打ち始める。
「祓え給い、清め給い」
その瞬間、
心に溜まっていた迷い、疲れ、恐れが
水に溶けるように静かにほどけていく。
力を欲する時、
自分を取り戻したい時、
あるいは、ただ静かに在りたい時。
この祝詞は、
願いを押し通すための言葉ではない。
本来の自分へ立ち返るための、水の言葉。
家に戻り、神棚の前で祝詞を唱えると、
ふと気づけば、榊の葉がいつもより青く、
みずみずしく揺れている。
それは奇跡ではなく、
調和が戻った合図。
龍神祝詞とは、
龍の力を「借りる」ためのものではない。
龍と同じ流れに、そっと身を委ねるための祝詞なのだ。
黎明の滝で。
神棚の前で。
そして、人生の節目で。
この祝詞はいつも、
静かに、確かに、あなたの内側で目を覚ます。

龍神祝詞(りゅうじんのりと)
高天原に坐しましまして
龍王大神の御前に申さく
大宇宙根元の御親の御使い
一切を生み育み給う御業を
かしこみ かしこみ 敬い奉り天地万物の水脈を司り
光と恵みを巡らせ給う
龍神の御力をここに乞い奉る祓え給い 清め給い
我が身 我が心に宿る
濁り 迷い 恐れを洗い流し
正しき道へと導き給えかむながら
守り給え 幸え給えかしこみ かしこみ 申す


