吉祥天と弁財天・毘沙門天など七福神との関係
吉祥天と弁財天・毘沙門天など七福神との関係をご紹介します。
弁財天との相違点は、元となっているヒンドゥー教の神様です。
- 吉祥天はラクシュミー(司るもの:幸運・豊穣・美など)
- 弁財天はサラスヴァティ(司るもの:音楽・芸能・学問など)
毘沙門天とは夫婦であるとされ、ときに毘沙門天像のそばに脇侍として配されることがあります。
また、七福神が日本で定着したのは江戸時代中期頃で、唯一日本出身の恵比寿天以外は外国から伝来しました。中でも寿老人と福禄寿はどちらも南極星の化神とされることから、寿老人の代わりに吉祥天または猩々(しょうじょう・架空の動物)を組み入れていたこともありました。しかし、享和時代(1801~1803年)には現在の七柱に落ち着いていきました。
このような名残りから国内には七福神に吉祥天を足して、八福神といい、祀っている神社もあります。
- 八千代八福神(千葉県八千代市)
- くりはし八福神(埼玉県久喜市)
- 八王子八福神(東京都八王子市)
傑作と言われる吉祥天女像について
吉祥天は仏教美術界隈でも注目を集める存在です。
吉祥天像には次のような特徴があります。
- 頭には宝冠をかぶっている
- 瓔珞(ようらく)という宝石などの装飾品を身につけている
- 蔽膝(へいしつ)という中国の高い身分の女性が着る服を身につけている
- 左手に宝珠(如意宝珠)という願いを聞いて叶えてくれる珠を持っている
- 右手は「与願印」という印を表現している
吉祥天像は中国の唐時代の貴婦人の服装や装飾品を身につけています。
吉祥天像の多くにみられる右手の「与願印」は手の平を上にし、腰より下の位置にあり、衆生に何かを与えるという意味を持ちます。
※これらがすべての像に共通するとは限りません。
吉祥天とは?まとめ
吉祥天とは仏教の守護神の一柱で、元々はヒンドゥー教の女神で美・富・豊穣・幸福を司るラクシュミーです。
ラクシュミーの存在を仏教を説いたお釈迦様(ブッダ)が信者に伝えたことで、仏教界でも広がりをみせるようになりました。さらに日本に仏教が伝来し、江戸時代中期頃に七福神という神様グループが定着するまでの間、寿老人の代わりに七福神メンバーとして組み込まれていたこともありました。
夫に多聞天(同一神・七福神一柱の毘沙門天)を持つことで知られ、お互いの像に配されることがあります。


