宇迦之御魂神の神話
宇迦之御魂神は、古事記や日本書紀では名前こそ出てきますが、具体的なエピソードは記されていません。
それでいながら、生命の根源を示す食物、穀物の神であることから、途切れることなく信仰が受け継がれてきたようです。
宇迦之御魂神とキツネの関係は?
稲荷社というと、まっさきに思い浮かべるのはキツネですね。
では稲荷社のご祭神である宇迦之御魂神とキツネを結びつけるのはなぜでしょう?
そのきっかけを与えたのは、伊勢神宮にあります。
「神道五部書」は、鎌倉時代に伊勢神宮で編纂された、社殿と内宮、外宮の祭神が記されたものです。
そのうちのひとつで、内宮について書かれた「御鎮座伝記」の中に、御倉神(ミクラノカミ)の三座は、須佐之男命の子の宇迦之御魂神とされ、別名として専女(トウメ)、三狐神とも呼ばれると書かれていたのです。
別名とされている専女は、老女を意味するもので、そこから宇迦之御魂神の性別は女性、つまり女神だとされるようになった説があります。
また、古事記、日本書紀に残る他の食物の神を総じて、御饌津神(ミケツカミ)と呼ばれていましたが、宇迦之御魂神には同音の三狐神が当てられていたのです。
これは、稲を荒らすネズミを襲い追い払うことから、キツネが稲の守り神となったという故事が、食物の神に三狐神という文字が当てられたといわれています。
それが、お稲荷さんの神使いがキツネとまで発展していったようです。
宇迦之御魂神を祀る稲荷社がなぜ多いの?
宇迦之御魂神をご祭神とする稲荷社は、全国に大小4万以上あるといわれています。
古事記や日本書紀で具体的な神話をもたない宇迦之御魂神を祀る神社が、どうしてここまで広まったのでしょう?
それは秦の始皇帝の末裔といわれる、豪族秦氏の勢力が大きくなったことが理由とされています。
機織りの技術を日本にもたらし、帰化した秦氏。
その一族に秦伊侶具(イログ)という人物がおり、あるとき餅で作った的に向かって矢が白鳥に変化し、高く舞い上がり山の頂上に止まると、その辺りに稲が生えてきたというのです。
その不思議なことが起こった場所に、伊侶具は神社を建立したと伝わります。
この出来事が書かれた山城国風土記に残る逸話のタイトルが「伊禰奈利生ひき」であり、そこから神社の名を取り「伊奈利」としたのです。
秦氏が全国に勢力を広げていくとともに、稲荷神社も合わせて建立されたことから、全国に稲荷社が増えていったといわれています。
宇迦之御魂神のご利益
宇迦之御魂神の神格は、五穀豊穣と諸産業繁盛の神です。
ご利益としては、以下のものが代表的なものになっています。
- 五穀豊穣
- 産業復興
- 商売繁盛
- 家内安全
- 芸能上達
食物の神であるのに、なぜ芸能と思う人がいるかもしれませんね。
キツネはタヌキとともに「化ける」という話が、古くから残っています。
芸能は良い意味で他人になり化かすということから、芸能の神として信仰を集めるようになったようです。


