「蘆屋道満」と安倍晴明の戦い4選!
伝説上の陰陽師であるとされる蘆屋道満と、伝説が多く残りながらも史実上存在したという安倍晴明は、その優れた呪術によってライバルとして描かれることが多いです。そのため両者が戦う描写も様々な説話に記されています。
道満と晴明がどのような術くらべを繰り広げたかみていきましょう。
師弟を賭けた戦い
道満が上京した折晴明と対面し、負けたほうが勝ったほうの弟子となる条件で術くらべをすることになります。帝が出したお題は、長持(木箱)の中に何が入っているか?というものです。長持にはミカンが15個入っているのですが、両者はそれを知りません。
早速道満が「ミカンが15個でございます」と予測しますが、晴明は「ネズミが15匹でございます」と言います。帝に仕える人たちは晴明が答えを外したと落胆しつつ蓋をあけると、なんとネズミが15匹出てきました。晴明が式神を使ってミカンをネズミに変えていたのです。一杯食わされた道満は、約束通り晴明の弟子となりました。
ー『金烏玉兎集(きんうぎょくとしゅう)』より―
晴明を殺害
晴明が唐に渡って陰陽道を磨いている間に、道満は晴明の妻・梨花と道ならぬ恋をしました。そして晴明が保管していた「金烏玉兎集(きんうぎょくとしゅう)」という秘術の本を盗み見ることに成功し、それを知った晴明と口論になった挙句に清明を殺害。
しかし晴明が唐に渡っていたときの師である白道上人が「生活続命之法」を使い、晴明を蘇生させます。生き返った晴明は道満の首を斬ったのでした。
―『金烏玉兎集』より―
藤原道長に呪術
御堂関白と呼ばれた藤原道長は、白い犬を可愛がっていました。ある日いつものように出かけようとすると、その犬が吠えて道長を引き留めようとしているようでした。不審に思った道長が晴明を呼び立てて尋ねたところ「犬は神通力があるといいますが、どうやら地中に君を呪い殺そうとするものが埋まっています」とのこと。早速その場を掘ってみたところ呪術のかかった土器が出てきました。
「この秘術を知っているものはかつての弟子・道満のみ…」と悟った晴明は、式神を白鷺に変えて飛ばせたところ、予想通り白鷺は道満の家に舞い降りたのです。
道長が道満に問うと「藤原顕光 公に命じられました」と自白しました。これによって道満は播磨の国に流刑されることとなったのです。
―『宇治拾遺物語』より―(『十訓抄』、『古事談』にも同様の説話アリ)
鑓飛橋で式神対決
上記の説話の後日談として、播磨の国で道満と晴明が最終決戦をしたという言い伝えもあります。
道長の暗殺に失敗した道満は、播磨の国に流されてもまだ道長の命を狙っていました。そこで晴明が播磨に出向いて道満と戦います。式神を駆使して3日3晩死闘を繰り広げた結果、道満が命尽きて倒れました。
この戦いでお互いが鑓を放ち、その鑓がぶつかり合った場所が鑓飛橋です。
「蘆屋道満」ゆかりの地4つ
道満塚
兵庫県佐用町には、室町時代に建てられたとされる蘆屋道満塚と安倍晴明塚があります。道満塚の正式名称は道満塚宝篋印塔(ほうきょういんとう)で、眼下には美しい棚田が広がっています。近くには二人が矢を放って戦ったとされる「やりとび橋」や、道満の首が洗われたという「おつけ場」などの史跡もあり、見どころ満載です。
| 所在地 | 〒679-5314 兵庫県佐用郡佐用町大木谷747 (晴明塚は、佐用町大木谷130) |
| 交通 | 中国自動車道「佐用IC」より約10分 |
鑓飛橋
二人が式神合戦を繰り広げ、矢を放ったという伝説の残る鑓飛橋(やりとびばし)は、兵庫県の県道524号の道沿いにあります。その先の三差を右に行けば晴明塚のある甲大木谷、左に行けば道満塚がある乙大木谷となっています。
| 所在地 | 中国道佐用ICから県道240号を経由した県道524号の道沿い |
正岸寺の祠
芦屋道満は兵庫県加古川市の西神吉町岸で生まれ育ったと伝えられています。道満の屋敷があったとされる寺が正岸寺(しょうがんじ)です。境内の西側には道満を祀ったお堂があり、すぐそばには道満の位牌がおさめられている祠があります。
また、道満井戸跡(式神を閉じ込めたという井戸)があり、夜になるとその式神が井戸から飛び出していたという言い伝えもあり、陰陽師好きなら一度は訪れたいスポットです。
| 所在地 | 〒675-0045 兵庫県加古川市西神吉町488 |
| 交通 | 宝殿駅 から徒歩9分 大国バス停 から徒歩6分、岸バス停 から徒歩5分、西神吉バス停 から徒歩4分 |
こけ地蔵
道満井戸に閉じ込められている式神は、道満が京都に行く前においていったもので、村人たちは「道満様の一つ火」と呼びました。道満井戸から飛び出した式神はいつもお地蔵様にぶつかってしまい、そのぶつかるごとに倒れてしまうというお地蔵様は「こけ地蔵」呼ばれます。村人たちが起こしても、また翌日には倒れてしまっていたそうで、式神が道満のいない寂しさを紛らわせているともいわれました。
同時に、道満の高い呪力をも表していたのです。
石質は地元宝殿の竜山石(流紋岩質凝灰岩)で、こけ地蔵様の背丈は約65cmです。石棺自体は 幅107cm、高さ130cm、厚み35cmほど、前傾の姿勢でまさに「こけ(かけている)」地蔵です。
| 所在地 | 兵庫県加古川市東神吉町 |
| 交通 | 正岸寺から直線距離で2.5kmほど東へ行った所にある。県道387号線の道路沿い。 |
まとめ
安倍晴明のライバルとして悪役として描かれることの多い蘆屋道満は、伝説上の架空の人物であり謎めいています。晴明が朝廷で安定した収入を得ていたのに対し、非官人の道満は実力オンリーで収入を得ていました。朝廷にとって、力のある民間の陰陽師は厄介な存在として映っていたとも考えられ、その代表的な存在とて道満が挙げられるために悪役をあてがわれてしまうのかもしれません。
しかし、地元では「頼りになる陰陽師さん」として慕われていた可能性も高いのではないでしょうか。
「事実は小説よりも奇なり」ですので、この機会に陰陽師についてもっと調べてみたり史跡を訪ねてみたりするのもおすすめです。


