六大煩悩
全部で108種類あるといわれる煩悩ですが、その中でも「六大煩悩」といわれる6つの煩悩があります。その6つの煩悩とは「貪(とん)・瞋(じん)・癡(ち)・慢(まん)・疑(ぎ)・悪見(あくけん)」です。六大煩悩は人間の根源であるといわれ、私たちが日々感じている煩悩でもあります。六大煩悩を詳しく見ていきましょう。
六大煩悩その1「貪欲」
貪(とん)とよばれる六大煩悩は、貪欲を表しています。強欲や欲といった出過ぎた欲求です。欲求も適度であれば、向上心に繋がりますが、出過ぎた欲は身を亡ぼすといわれますよね。貪欲が過ぎると、傲り高ぶる・心が乱れる・謙虚さを失う・独り占めをするといった行動が見られるでしょう。
六大煩悩その2「慢」
慢(まん)は、慢心を表しており、他人と自分を比較して思い上ることです。慢心は自分の未熟さを理解できていないからこそ、湧き上がる煩悩といえます。人はみな生まれながらに平等で捌くことも捌かれることもあってはなりません。優越感や劣等感も全てこの慢心の慢の煩悩にあたります。
六大煩悩その3「瞋恚」
瞋恚(しんい)は、瞋(じん)にあたります。瞋恚とは、怒って腹を立てるという意味です。「瞋」という字は「瞋り(いかり)」と読むことがあります。妬み・やきもち・激昂もこの瞋恚に含まれているのです。
六大煩悩その4「愚痴」
痴(ち)は愚痴を表しています。心が闇に覆われていて、正しく物事を見られていない状態です。そのため、真実が何なのかわからず、無知であるともいえます。正しく物事が見られていない状態では、やって良いことと悪いことの区別ができず、わがままになったり、自己中心的になってしまいますよね。
貪(とん)の「貪(むさぼり)」・感情のコントロールが効かない瞋(じん)の「瞋(いかり)」・痴(ち)の示す自分勝手な「痴(おろかさ)」を表した言葉を、心の三毒「貪瞋痴(とんじんち)」といいます。この貪瞋痴は、人の心を毒する根本的な煩悩です。
六大煩悩その5「疑」
疑(ぎ)は疑心を表しており、何でも疑ってしまう状態です。疑心は元々仏教用語で、人を煩い悩ませること・真理疑います。人間不信の人は、この疑の煩悩が多い状態といえるでしょう。
六大煩悩その6「悪見」
悪見(あくけん)は、穿ったものの見方をすることをいいます。人間が認識しているものには、個人の主観や価値観が大きく反映されており、人によっては見たいものしか見えていない状態であることも少なくありません。偏見・極端に偏った考え方に対して、いかに無自覚なのかを表している言葉です。


