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ホツマツタエとは?瀬織津姫も登場する歴史書を解説

目次

豊受大神は天照大御神の祖父

ホツマツタエでは天照大御神の祖父は、豊受大神(とようけのおおかみ)と記されています。

しかし、古事記や日本書紀での豊受大神は、天照大御神の食事を司るトヨウケビメと呼ばれる女神として登場しています。

天照大御神は、伊邪那岐と伊邪那美の子供として誕生したことがホツマツタエでは描かれていますが、豊受大神は伊邪那美の父親であることから、繋がりからすると豊受大神は天照大御神の祖父ということになります。

女性的なイメージがある豊受大神ですが、伊勢神宮外宮にて祀られている豊受大神の祠は、屋根が男神の仕様となっており、古事記や日本書紀と比べ性別、系図までもが大きく異なっています。

ヒルコの存在

ホツマツタエでは、ヒルコ(昼子)という伊邪那岐と伊邪那美の子供の存在が描かれています。

古事記や日本書紀にもヒルコ(蛭子)は登場しますが、全く別の存在であることが次のことからわかります。

ヒルコ(蛭子)は、「ひ弱なる子」という意味で、三歳まで足腰が立たなかったことで不完全な存在であったことから、天碧豫船(アメイワノクスブネ)に乗せて流され捨てられてしまいます。

ホツマツタエでのヒルコ(昼子)は、同じく船で流されますが、伊邪那岐と伊邪那美のその年が陰陽の節に当たることから、子に汚穢、隈が障ることを避けるため天碧豫船(アメイワノクスブネ)に乗せて流されますが、カナサキ夫婦に拾われて、西殿にて育てられます。

このように、古事記や日本書紀のヒルコと、ホツマツタエのヒルコは語感は似ていますが同一の存在ではないことがわかります。

スサノオの名前の表記

スサノオの名前は、ホツマツタエと古事記や日本書紀とでは表記の違いがあります。

天照大御神に高天の原を追放されたスサノオは、ヤマタノオロチを倒しクシナダヒメ(イナダ姫)と結婚をした逸話は今も語り継がれています。

そのスサノオの表記は、古事記や日本書紀では「スサノオ」と表しますがホツマツタエでは「スサノヲ」と記述されています。これは、スサノオがソサ(紀州)で誕生したことに由来しているようです。

ホツマツタエについてまとめ

ホツマツタエは、古事記や日本書紀よりも古い歴史文献であるという説と、江戸時代に作られた偽書であり、偽物であるという説にわかれる書物です。

ホツマツタエには古事記や日本書紀のように、天地開闢(世界の始まり)から初代天皇である神武天皇を経て12代景行天皇までの56年までもの記述がなされています。

また、当時のしきたりや、あわのうたが作られた経緯、縄文哲学、宇宙と人との関係など古事記や日本書紀には曖昧な表現で記されていることが、ホツマツタエではありありと記されています。

今、私たちが触れる日本の歴史、神話がホツマツタエにより受け継がれたものであるのならば、原文や翻訳を更に深く理解し意味を知る事によって、ホツマツタエの魅力をより一層感じとることができるでしょう。

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天照大御神

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